高齢者の運転による交通事故

高齢者ドライバーによる交通事故が報道されることが増え、高齢者ドライバーに対する世間の関心が高まっています。
そこで、今回は高齢者運転手の交通事故について、交通事故賠償の経験豊富な弁護士が解説いたします。

1. 高齢者の運転による事故の発生状況

運転免許保有者の高齢化が進んでいます。警視庁が発表している運転免許統計によれば、運転免許保有者のうち70歳以上の高齢者が占める割合は年々増加しています。令和2年における運転免許保有者数8199万人のうち、1245万人が70歳以上であり、その割合は実に15.2%にもなります。

2. 高齢運転者による交通事故は増えている?

昨今、高齢運転手による交通事故が報道されることが多くなり、高齢者の運転について世間の関心が高まっています。
では、実際に、高齢運転手による交通事故は増えているのでしょうか?

実は、自動車の安全性能の向上や取締り強化などにより、死亡事故発生件数や高齢者(70歳以上)の方が第一当事者(過失割合が大きい方の当事者)となる死亡事故発生件数自体は、減少傾向にあります。
しかし、死亡事故発生件数が減少傾向にあるなかで、死亡事故発生件数のうち、70歳以上の高齢者が第一当事者となる死亡事故が占める割合は増加傾向にあるのです。
すなわち、他の年代に比べて、高齢者が第一当事者となる死亡事故の減少スピードが緩やかであるということになります。

死亡事故発生件数 第一当事者が70歳以上の
死亡事故発生件数
割合
平成22年 4,444件 694件 15.6%
平成23年 4,178件 637件 15.2%
平成24年 3,931件 661件 16.8%
平成25年 3,865件 709件 18.3%
平成26年 3,639件 687件 18.9%
平成27年 3,585件 686件 19.1%
平成28年 3,410件 667件 19.6%
平成29年 3,248件 629件 19.4%
平成30年 3,099件 709件 22.9%
令和元年 2,780件 602件 21.7%
令和2年 2,408件 525件 21.8%

※数値は令和2年警視庁交通事故統計を参照。

3. 事故の原因

なぜ、高齢運転者が第一当事者となる死亡事故は、他の年齢層ほど減少していないのでしょうか?
一般的に、高齢運転者の方には次のような傾向があるといわれています。

  1. 視力等が弱まることで周囲の状況に関する情報を得にくくなり、判断に適切さを欠くようになる
  2. 反射神経が鈍くなること等によって、とっさの対応が遅れる
  3. 体力の全体的な衰え等から、運転操作が不的確になったり、長時間にわたる運転継続が難しくなったりする
  4. 運転が自分本位になり、交通環境を客観的に把握することが難しくなる

もちろん、このような傾向は、全ての高齢運転手の方に当てはまるわけではなく、年齢や体力、過去の経験等によって個人差があるものです。
しかし、上記のような衰えが交通事故の一因になっている可能性は否定できません。

4. 刑事上の責任

交通事故を起こし、相手の方に怪我をさせてしまった場合、過失運転致傷罪、危険運転致傷罪などの刑事責任を問われる可能性があります。
また、不幸なことに、相手の方が亡くなってしまった場合には、過失運転致死罪、危険運転致死罪などの刑事責任を問われる可能性もあります。

第一当事者が高齢者であることだけをもって罪が重くなるということはありません。
しかし、身体能力・認知能力の低下の程度やこれについての認識の有無によっては、罪の重さを判断する際に不利に考慮される可能性があります。

5. 民事上の責任

交通事故を起こしたことについて過失がある場合、相手方に生じた損害を賠償する責任が生じることとなります。
民事の損害賠償の際には、事故に対する責任を双方当事者がどのような割合で負担すべきであるかということが問題となることがあります。この割合のことを、過失割合といいます。
過失割合を判断する際に、高齢であること自体が、過失の根拠となったり、過失を重くする理由となったりすることは原則としてありません。
しかし、高齢運転者の認知・身体能力の低下の程度やこれについての認識の有無によっては、何らかの対応をすべきであった、通常よりもより慎重な運転をすべきであったとして、不利に判断される可能性があります。

6.日常生活への影響

ここまで、交通事故を起こした際の法的責任について述べてきました。
しかし、交通事故を起こすことによる影響は、それだけではありません。
当然のことながら、交通事故によって最も苦しい思いをすることになるのは事故の被害者であることは間違いありません。
しかし、事故を起こしてしまった運転手の中には、相手の方に怪我を負わせてしまったという精神的な負担を長い間抱えておられる方も少なくありません。また、事故を起こした本人だけではなく、そのご家族などの身近な方も、周囲からの心無い視線を浴びるなど、精神的な負担を感じることもしばしばあります。
特に、最近は高齢者ドライバーに対する世間の目が厳しくなってきています。認知・身体能力が低下した高齢者の方が事故を起こすと、なぜそのような状態で運転していたのか、家族はなぜ運転を止めなかったのかなど、より強い批判を浴びることにもなりかねません。
事故の被害者の方はもちろんですが、事故を起こした方やその家族も一生心に傷を負いながら生活することになるのです。

7. 高齢者講習について

1998年より、70歳以上の高齢運転者は免許更新の際に高齢者講習を受講することが義務付けられています。
また、2017年の法改正により、75歳以上の高齢運転者は認知機能検査を受けることとされており、認知機能の低下のおそれがあると判断された場合には、個別指導などのより高度な高齢者講習を受けることとなりました。
そして、認知機能検査で認知症のおそれがあると判断された場合には、主治医等による診断書の提出や適性検査を受けなければならず、この結果によっては免許の取り消し等の対象となるとされています。
加えて、75歳以上の運転者が特定の違反行為をした場合には、免許更新時でなくとも、臨時の認知機能検査を行うこととされ、その結果によっては、臨時高齢者講習を行うこととされています。

このように、免許保有者の高齢化にともない、運転免許の更新時や違反行為時に運転手の適性を判断する制度が強化されつつあります。
しかし、このような制度があったとしても事故を完全に防ぐことはできません。
自分の運転に不安を感じ始めたら、免許の返納も考える必要があるのかもしれません。

8. まとめ

高齢であること自体から事故を起こした場合の責任が加重されることはありませんが、認知・身体能力の低下の程度やその認識の有無によっては、事故を起こしたことに対する責任が重くなる可能性があります。
免許更新時や一定の違反行為時に高齢者講習や認知機能の検査などをうけることとされ、結果によっては免許の取り消しの対象となることもあります。

高齢者講習などで事故を完全に防げるわけではないため、一度、冷静な目で自分の運転能力を見つめなおし、少しでも不安がある場合には、免許の返納も含め、適切な対応を取る必要があります。