交通事故被害者と刑事裁判 ~交通事故被害者も刑事裁判に積極的に参加しましょう!~

最近、悪質な運転により多数の児童が死傷したケースが社会の耳目を集めています。

これらの事件では、マスコミが積極的に報道しているように、被害者の両親や遺族が刑事裁判で意見を述べています。残念ながら悪質な運転は後を絶たないため、皮肉にも被害者が刑事裁判で意見をした、という報道を何度も耳にしたことがあるのではないでしょうか。

実は、刑事裁判で被害者が意見をする制度は、悪質運転に限らず、人身事故一般が対象とされています。なので、報道がされておらず、社会の注目を浴びていない交通事故事件でも、被害者は刑事裁判に参加する余地はあるわけです。

たとえば、交通事故によって重傷を負わされたのにもかかわらず、加害者が反省の言葉を全く述べない場合。
あるいは大切な家族の命が交通事故によって奪われた、この想いを裁判官に直接伝えたい場合。
ぜひとも刑事裁判に参加し、意見を陳述するべきです。

このコラムでは特に交通事故被害者(遺族も含みます)を対象とした刑事裁判の流れ、利用できる制度を説明し、弁護士の役割についても解説します。
なお、以下の解説につきましては事案によっては方針が異なる可能性もあるため、無料相談の際にご希望を伺い、お客様にとってベストな方法をご提案させていただくことをお勧めします。

1. 起訴を勝ち取る活動

交通事故による人身傷害を負った場合、刑事処分としてはほとんどの場合起訴がされないことになります。これから説明する刑事裁判での意見陳述や、被害者参加の制度は、起訴によって刑事裁判の土俵が設定されないと、当然利用することができません。

しかし、交通事故の圧倒的多数の案件は起訴されず、起訴猶予とされてしまいます。また、刑罰を科すべきと検察官が考えた事案でも、刑事裁判を経ずに略式命令で罰金が確定してしまうことも多いのも実情です。さきほども書いたように、これらの場合、刑事裁判で被害者の想いを伝えるということは一切できません。

それでは、交通事故被害者として、起訴を勝ち取るため、どのような活動ができるでしょうか。

(1)検察官と交渉する

被疑者(交通事故の加害者が通常、これに該当します)を起訴するか、不起訴にするかは検察官がすべて決めるというのが日本の制度となっています。そのため、検察官に起訴をするようアプローチしていくことが、第一歩ということになります。その際には、犯情の重さや、被害の重大性を訴えることは当然ですが、直接的に「心情意見陳述をしたい」や「被害者参加制度を使いたい」旨を伝えることが大切です。これらのためには起訴をしてもらうことが大前提であるため、検察官としても「起訴をしようかな」という心証に傾きやすくなるためです。

本コラム執筆者は実際、検察官が不起訴の方針を固め、上司の決裁をとった時点でご依頼を受けた事案を担当しました。この件では受任後、すぐに担当検察官と交渉をしたうえで、被害者参加の必要性を強く訴える書面を提出しました。その結果、最終的には決裁を覆し、起訴を勝ち取り、被害者遺族の方は無念を裁判所に伝えることができました。

このように、検察官が圧倒的な力をもっているからこそ、彼ら彼女らの人一倍強い正義の想いに改めて火をつけて、一緒の方向を向いてもらえるよう働きかけることが大切といえましょう。その意味では「起訴を勝ち取る」という検察官との対立を想起させるタイトルはミスリードであり、「検察官に気づいていただくための活動」というほうが正しい表現のように思えます。

(2)検察審査会への申立

行政のミスや、政治家の汚職事件、大企業の安全管理体制の不備などで責任者が起訴されず、それに対して検察審査会への申立がされた、という内容の報道を耳にしたことがあるかもしれません。この検察審査会への申立も、交通事故事件でも利用することができます。

検察審査会は、法律家でない方々によって構成されます。不起訴が正しい判断であったのかを検討し、起訴相当・不起訴不当・不起訴相当のいずれかの決定をします。起訴相当や不起訴相当の場合には、再捜査を行い、改めて検察が起訴、不起訴の判断を行います。起訴相当が連続して出されると、強制起訴となりますが、交通事故事件では極めて稀ではないかと思われます。

本コラム執筆者は、先ほど述べた①検察官との交渉によっても不起訴処分が行われてしまった事案も複数、担当したことがあります。当然、検察審査会への申立を行いました。

ある事例では申立後、審査会での審査が始まる前に、検察官が独自に判断を再検討し、起訴に踏み切ったという結果になりました。一度不起訴処分をされた時には遺族とともに怒りに震えましたが、検察審査会への申立により結論が変わり、心より安堵したことを昨日のことのように鮮明に思い出します。このときは本当に、検察官の正義に心が熱くなり、感動したものです。

また、ほかの事例では検察審査会の審査の結果、不起訴不当が出ました。不起訴の判断をした検察官と別の検察官が再捜査にあたりましたが、改めて不起訴の判断を行いました。このとき、再捜査にあたった検察官が、遺族の前で心のこもった説明を誠心誠意尽くしてくださいました。その結果、結論としては刑事裁判への参加を断念せざるをえなくなった被害者の方も、前を向いて次のステップに進む、という想いを抱いたようでした。

このように、検察審査会への申立は、不起訴処分がされた場合の、刑事裁判に参加する手段として最良のものでありますし、また、たとえ結果が伴わなくとも無意味であるとはいえない価値があるものといえましょう。

2. 起訴後の活動~刑事裁判~

近年の改革によって被害者が刑事裁判において活躍できる場は、飛躍的に増えています。とくに被害者参加制度の利用により、数々の権利が被害者に与えられることになります。交通事故事件でもこれらの場を使わない手がありませんので、順次紹介していこうと思います。

(1)公判期日の出席

一見してわかりづらい権利ですが、被害者としては大変重要な権利です。従来、被害者や遺族は傍聴席に座ることのみが許されていただけで、バーの内側に入ることはできませんでした。交通事故事案ではあまり考えられませんが、傍聴席がいっぱいになった場合や抽選に外れた場合には被害者であっても参加はおろか傍聴すらできないという大問題があったわけです。

現在、被害者参加さえしてしまえば、被害者や遺族が独自の地位でバーの中に入り、出席をすることができます。当然、傍聴と同様、裁判の内容はつぶさに見ることができます。また、裁判所としても被害者参加をしている被害者の表情やしぐさなどから、被害者感情をくみ取るという事実上のメリットがあるといえましょう。

その意味で、公判期日の出席は見た目から感じる印象以上に大きな意味がある制度です。

(2)証人尋問の権利

交通事故事件では、多くの場合、被告人は配偶者や職場の上司などを証人として裁判に呼びます。そこで弁護人から今後、同じような事故を起こさないよう監督することや、引き続き反省を深めることを見守ることなどを尋問で明らかにされるということになります。このように、被告人側にたって有利な事情を明らかにしていく証人を「情状証人」といいます。

検察官は、情状証人に対して反対尋問をし、本当に有利な事情があるかをただしていくことになります。たとえば、事故が現実的に起きているのは情状証人がコントロールを怠っていたからにほかならず、今後、同じような事態が生じる可能性は否定できないのではないか、などという事実を明らかにしていきます。

けれども、検察官はあくまで国の刑罰権を適切に行使するという範囲で反対尋問を行うのみですから、被害者の立場からは物足りないと感じたり、不適切であると感じたりすることもありえます。そこで、被害者参加制度では、被害者や遺族が直接、情状証人に反対尋問をすることを認めています。

実務上はこの権利を直接行使することはあまり多くありません。それは、あらかじめ検察官と被害者参加弁護士との間で打ち合わせを重ねる中で、被害者や遺族の方が、どのような反対尋問を行いたいか、という点をしっかり検察官に理解してもらうからです。そうすると、検察官はよっぽどのことがないかぎり、情状証人に対して自ら反対尋問を行ってくれるので、あえて被害者や遺族の方が直接反対尋問をする必要性はなくなってきます。その意味で、事前の検察官との綿密な打ち合わせは極めて大切であるといえましょう。

(3)被告人質問の権利

上記(2)に似ていますが、被告人質問をすることも認められています。上記(2)と違い、被告人質問を行う権利は本コラム執筆者自身、かなり多く使っています。

情状証人は通常、監督や今後の更生状況を話すのが普通ですが、被告人は事故の具体的状況のほか、被害者側の動きについても話すことが多いです。その中で検察官は、あくまでも「被告人の罪を成立させるため」という点に絞って被告人質問を行っていきます。そのなかでは被害者の動きや落ち度についてはあまり聞きたがらない傾向にあります。しかし、このような事実は「過失相殺」として民事事件では大きな意味を持つ可能性が高いのです。たとえば、刑事裁判において「被害者には落ち度となるような事実、運転行為はなかったと思います。」という一言を被告人から引き出しておくと、後々、損害賠償をするにあたっては大きなメリットがあるといえるのです。

ほかにも、検察官の拾いきれない被害者の想いを、被告人質問に乗せて直接伝えていくこともよくあります。本コラム執筆者の経験事例ですと、被害者遺族の方が「今、なぜ、私が涙を流していないのか、あなたにはわかりますか」と質問をしたことがありました。この質問は、どんな優秀な検察官でも行うことはできないものであり、その意味で、被害者遺族の方が被害者参加制度を使ってぶつけていかなければならない質問であるといえましょう。

被告人質問を行うに際しても、役割分担や時間配分などで検察官との事前の打ち合わせは欠かせません。本コラム執筆者も、特に被告人質問が重要であると考えるからこそ、意識的に検察官とできるだけ多くの回数、長い時間をかけて打ち合わせをするように心がけています。

(4)心情意見陳述

法律上は被害者参加制度によるものではないのですが、被害者参加制度を使う場合には、ほとんど心情意見陳述を行います。本コラム執筆者もほぼすべての事件で被害者や遺族の方に心情意見陳述を行っていただいております。それは、この陳述こそ、被害者や遺族が想いを伝える最も大切な場であるからです。

被害者が刑事裁判で軽視されていた時代、裁判官に直接、被害者の声を届けるためには証人として尋問を受けるという方法しかありませんでした。その場合、反対尋問を弁護人から受けることになり、ときには被害者や遺族であるにもかかわらず心無い言葉をかけられることもあったそうです。また、交通事故事件では、証人申請が断られることも少なからずあったそうで、その場合には、裁判官の前で生の声を伝える機会は一度もなかったということになります。

かつての制度とは違い、心情意見陳述であれば、反対尋問を受けることはありません。そのため、いわれのない反対尋問を受けるという耐えがたいことは起きえません。当然、裁判官の前で魂の声を伝えることができるわけです。

実務上は、心情意見陳述についても、台本を作成し、その内容を詰めていくことになります。本コラム執筆者も事前に紙でまとめてもらったものを、法的観点からコメントをし、手直しをしてもらったうえで、検察官と改めて細部について共有、相談をしています。もちろん、被害者の心を伝えていくというものですから、法律家の言葉に変えてしまっては意味がありません。そのため、手直しは最小限にするよう心がけています。また、検察官から訂正の依頼があっても被害者や遺族の方にしっかり相談することは大切ですし、実際本コラム執筆者は、検察官からの訂正の要請を断ったこともあります。

いずれにせよ、被害者や遺族の方が想いをつたえる最高にして唯一の手段ですから、ぜひとも大切にしてもらいたいと思います。もちろん、弁護士としては想いを最大限伝えられるためにはどうすればよいかを考え、検察官と具体的かつ多数回にわたる交渉を行う必要があると考えています。

(5)求刑

テレビ報道などでもご存じのとおり、検察官は刑事裁判の終盤に求刑を行います。そのときには被告人を断罪し、刑罰を適用するための意見も併せて述べることになっています。

被害者参加制度を使うと、被害者も検察官とは別の立場から求刑意見を述べることができます。この制度自体、心情意見陳述によって被害者や遺族の意見を伝えているためか、利用を控える方が割と多いという印象があります。しかし、本コラム執筆者としては積極的に利用することをお勧めしております。被害者が被告人に対してどのような刑罰を受けてもらいたいと考えているか、という点は、刑事裁判が有罪の場合、どのような刑罰を与えるべきかを判断するためのシステムである以上、被害者として関与しない手はないと考えるからです。

刑事裁判の目的を達成するため、というと話が大きくなってしまいますが、素朴な意見として、被害者がどう考えているのか、という点は裁判官もきっと知りたがっているのだと思います。

3. まとめ

以上、起訴を勝ち取るという活動から、実際の刑事裁判での被害者の権利などを見てきました。一読いただければわかる通り、一貫して検察官との打ち合わせが大切であることは間違いありません。検察官もいろいろな方がおられ、被害者参加制度に理解がある方もいればそうでない方もたくさんいらっしゃいます。ひどい場合には、すべて書面で権利を行使するよう差し向ける検察官がいると聞いたこともあります。検察官のペースで適切な権利行使ができないとなってしまっては被害者参加制度が泣きます。適切な権利行使を行うためにもぜひとも弁護士に相談されてはいかがでしょうか。

弁護士法人サリュでは、民事事件で有利になるための被害者参加制度の使い方はもちろんのこと、そもそも被害者参加制度によってしっかり心情を伝え、被害者の想いを裁判官に理解してもらうことが重要であると考えております。そのための検察官との打ち合わせ、被害者や遺族の方のお声の聴取に全力を尽くしていきます。経験があるからこそ、拾える声や伝える言葉がある。そう考えております。